——取り組みに対してきちんと評価するということはとても重要ですね.先生は転倒・転落以外にも,医療安全に関するテーマをいくつか研究されていると思いますが,教えていただけますか.
厚生労働科学研究費補助金事業で平成18年度は「インシデント報告を活用した事故防止策構築過程の開発と報告者・リスクマネージャー支援に関する研究」, 平成19年度は「医療者と患者を結ぶ情報伝達手段としての媒介物(人工物)の機能と安全性に関する研究」を行いました. いま看護師たちは生懸命,インシデントレポートを書いています.インシデントレポートとは,事故には至らなかったけど「ヒヤリ・ハット」した体験, あるいは未然に防げたけれど一歩間違えば危ないような出来事を報告するシステムで,ヒヤリ・ハット報告と呼ばれることもあります.自分の失敗を報告するようで, 正直なところ書きたくないと思う人が多いでしょう.こういうシステムが始まったのは大きな医療事故,すなわち1999年の横浜市立大学の患者取り違え事故がきっかけになっていて, この事故のあと,病院ではさまざまな医療安全対策(2002年8月30日付医療法施行規則改正)がとられるようになりました.院内の医療安全管理を専門に行う部門として医療安全管理室の設置や, 専任の医療安全管理者,いわゆる専任リスクマネージャーと呼ばれる人を配置する病院も増えていきました.
院内の医療スタッフからインシデントレポートを収集し分析することは医療安全管理者の主な仕事のひとつとなっていますが,当初は書いてもらうのにとても苦労したようです. 医師は忙しくてそんなの書いてられないという.新人看護師などは,インシデントレポートを書くことがストレスになって辞めてしまったりする.日本看護協会の調査(2004年:新卒看護職員の早期離職等の実態調査)でも, 新卒看護職員が辞めたいと思う理由として,「医療事故を起こさないか不安」や「インシデント報告を書いた」が上位にあがっていました.これは先ほど申し上げたように, インシデントレポートが失敗を報告する反省文的なレポートという認識があるからだと思います.そうではなく,「こんなことがあって危なかった」「こういう事故が増えているから,こういう対策が必要だ」ということを皆で共有するためのものなのです. これもひとつの情報共有のツールですね.ですから報告した人を叱るなんてとんでもないことで,むしろ報告してくれてありがとうと言ってもいいくらいです.実際,そのように報告を奨励してレポート数を増やすことに成功している医療安全管理者もいるようです.
もうひとつ,インシデントレポートをただ集めるだけでなく,どのようなミスが多いかなど傾向を分析して示したり,それに対して対策をとったらどうなったかなど,結果を現場にフィードバックしていくことがとても大事です. 行ったことに対してきちんと結果を見せる.一方通行ではなく,双方向に情報をやりとりする.それがつながるということであり,何らかの結果が見えてこそ人間はやる気がでるものです.